ひのき三代工房 - ひのきの学習机・学習家具 -
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子供たちに木のぬくもりとやさしさを

第1章 戦後教育の問題


1)大自然が教育の原点

朝日新聞の天声人語で、やまとまことさんが次のように話されています。時代が変わっても、私達人間を教育することができるのは、大自然だけだと思います。大自然こそ永遠・かつ真の教育者なのです。人間は自然と対決する存在ではなく、本来、自然の中の一部に過ぎないことを気づかせます。自然を学ぶとすれば、まずそのことでしょう。そして、詩人の高木護さんは若いころ山小屋に住み、時々頼まれては子供を預かりました。親や教師が問題児扱いする少年達です。山では木登りを教えたり、食べれられる草を教え、風の音色の違いを教えました。あとは子供達の自発性に任せたそうです。山の中で、しばらく暮らすうちに小鳥の声の意味が分るといいだす子が現れました。そして、子供の心の中の飢えやひねくれが治ったことを以前は自慢に思ったこともあったが、あれは自分の手柄でも何でもなく、大自然の厳しさ、やさしさが子供達にさまざまなことを教えてくれたからですと。
ところが、都市の子はもとより、自然がいっぱいの農・漁村の子供達も、学校と塾とゲームに追われていて、公園・広場で遊んでいる子、自然の中にいる子供達の姿はまったくみられなくなりました。


2)日本の木の文化を否定した教育環境

小・中学校の環境が、いちじるしく変わり始めたのは昭和30年頃です。当時はまだ、木造校舎に木の机と椅子があり、椅子には母の手づくりの座ぶとんのある風景でした。それが鉄筋コンクリートの校舎に、スチール製の机・椅子、授業終了と同時にスチールとスチールがぶつかる金属音が耳に残る、人工的環境に変わっていきます。スチール・プラスチック等、量産されるものがよいとされ、木も木質製品として工業化され、大量生産、大量消費が美徳とされ、学校も木の使用を最小限にどどめ、人工的環境を良しとした時代を迎えました。
学校は感性豊かで個性的な生徒を育てることを否定、職業、工芸、美術、音楽、道徳の時間を大幅に削減、個性豊かな子供を、管理しやすい子とそうでない子にふりわけた教育システムをつくりあげました。家庭においても経済の高度成長期に伴い、学習机も学校と同じように量産向きのスチール製になり、企業の売らんがための過激な競争の中で、いたれり、つくせりの満艦飾の学習机の方向へといきます。最近はスチール製の学習机は影をひそめ、木製化の傾向が見られますが、内容は「木製もどき」の擬装品です。ナラもどき、ブナもどきのポリ板、塩ビ板で、いかにも本物でつくってあるように、天板と引出しの前板を集成材で仕上げた学習机です。
どんなに工夫をこらしても、「みせかけだけの本物」であることには変わりません。最近、全国的に名が知られるようになった出雲市長、岩国哲人氏は著「鄙の論理」のなかで次のように述べています。「教育の原点に木と紙を置かなければ、日本の文化の特徴を理解し、愛し、守ることのできる人間を育てられない。そして、出雲市では学校を新築、改築するときには木造り主体のものしか建てず、やがては中学校、小学校、幼稚園、すべて木造りにすることを考えている。そして、木造り校舎復元運動が全国的に拡がっていくことを願っている。」
こうして木の需要を増やす一方、日本の文化の象徴である、木を守ることを考えておられます。

 


第2章 自然のサイクルから学ぶ知恵


1)木材資源枯渇について

現在、森林資源を持つ国が輸出している木材の50%は日本が買いこんでいるそうです。日本は世界一の木食い国といわれ、熱帯雨林の破壊者と呼ばれています。
国内においても広葉樹は切るに値する木がなくなるほど伐採してきました。しかも、スギ、ヒノキのように切り出した後に植林せず、切りっぱなしのため広葉樹林帯は壊滅的です。100年以上は回復しないと思います。それも植林しての話しです。
したがって、沢に水がなく、河川の浄化は期待できず、水辺には汚染に強い動植物が残ります。昔、緑豊かな岸辺、魚がいた自然の風景が、コンクリートの堰と護岸堤のある情景に変わりました。このように、世界中、日本国内で、環境破壊をきたすまで樹木を使ってきたのにもかかわらず、我々日本人が木に囲まれた豊かな文化生活を営んでいなのはなぜでしょうか。
それは木を文明的素材として、工業製品化(合板、ファイバーボード、パーティクルボード)し、大量生産、大量消費してきたからです。これらの材料によって量産された製品は、広告・宣伝によって、はやり・すたれが起き、私達がそれを主体性のないまま次から次へと受け入れていた結果なのです。うさぎ小屋の中の「豊富なガラクタに囲まれた生活は豊である」という錯覚を強いられてきました。
物にかこまれると豊かな生活が営まれると思い込み、消費者は王様、消費は美徳と、物質文明に溺れている惨めさに気づいた時はすでに遅く、世界中の樹木、日本の広葉樹の大半を食いつぶしていたのです。
樹木を切り売りしなければ近代化できない東南アジアの国々の弱みにつけこんだ商社と加担していた我々、もうすこし相手国のことを配慮するおだやかさ・豊かさがあれば、こんな最悪な状況にならなかったでしょう。


2)スギ・ヒノキを活用することによって日本は救われる

世界中から大量の木材を輸入している間に、戦後、植林したスギ・ヒノキは育ち、伐採期を迎えています。
ところが、長期にわたった住宅需要の低迷や新建材利用等の増加による木材産業の不況で、山にも定期的に人が入らず、スギ・ヒノキは質的にも量的にも価格的にも不安定要因が加わりました。これに対して、輸入材は質・量・価格とも安定しているため依存の度合が高まってきています。
このように、木材依存型の地場産業を抱えている山間部都市は、林業技術者の高齢化や後継者難と抜本的対策にならない上すべりの補助金等の複合要因によって、過疎化が進行し急速に活力は衰えていったのです。
「国やぶれて山河あり」と焼あとの中で一条の光明を見い出し、わが国、復興の原動力となった山河…自然がありました。ところが、現在「国栄えて山河荒廃せり」であります。都市の人工空間が繁栄し、自然は荒れっぱなしのままでよいのでしょうか。
わが国に残された唯一の資源、日本の樹木、スギ・ヒノキを活用することです。伐採したあと植林するシステムです。自然のサイクルによって生産されてきた樹木、おじいさんが植林した幼木を孫の代で使う。先人達が築き上げてきた、この豊かな営みを教育で確かめ、ものづくりで確かめることが、これからの時代です。

 


第3章 公共用学習環境家具の開発


1)木の学校に木の机・椅子

家庭ではスチール・プラスチックに「木材もどき家具」のインテリア、小・中学校の校舎は鉄筋コンクリート造り、床はPタイルにスチール製、合板張りの机・椅子です。このような工業製品によって生産された人工的環境は、子供達の教育にとって良好な環境とは言えません。
人の人格とか感受性の形成に決定的な影響を持つ幼児期、自我の芽生え始める少年期の子供達にとって、自然は教育の源であるとを述べてきました。
工業材料でつくられた製品、教室用のスチール製、机・椅子は均一で、多少乱暴に扱っても壊れない強度を持っていますが、壊れないので丁寧な扱いに欠け、乱暴に扱うようになります。壊れた机・椅子が体育館の裏、プールの下に山積みになっている姿は、教育環境にとってよいものではありません。
昭和30年頃までは、木造校舎に木の机と椅子でした。これら自然の素材からつくられたものは乱暴に扱うと傷がつき、壊れやすいので、ものを大切に扱う習慣が自然と身についたものです。
現在の子供達の学習環境を見ると自然のものがあまりにも少なく、自然のものから遠ざけられています。こうした状況が現代の不幸な若者を生みだしている土壌の一つになっていると思います。
今日の子供達に優しさ、思いやり、器用さなどを取り戻すには、木造校舎に木の机・椅子を導入することを検討する必要があります。木造校舎は無理としても、毎日使う机・椅子を木製にしたいと思います。


2)学習環境家具のコンセプト

「昔 子供達の学舎は どこも木造りで 傷だらけの机があり 椅子があった。 椅子の上には お母さんの真心のこもった いろいろなざぶとんがのっかっていて むくもりのある教室があった。 自然のやさしさは乱暴に扱うと きずがつく やさしく接するといつまでもかがやいている ぶつかっても骨までしみる痛さではない いたくても やさしい 冬あたたかく 夏すずしく 梅雨の時は湿気をすってくれる木 木は自然からの贈り物」
木は加工され、机や椅子になっても生きているのです。この学習環境家具は、自然のスギ・ヒノキ材をベースに創られた家具です。幼稚園、保育園、小学校から大学まで、そして一般家庭に本物の家具が使われることを提案します。


3)開発した学習環境家具の特徴

1.保育園、幼稚園用家具
自然のものと人工的なものを区別できない幼児期に、ホンモノ(自然)をあたえることにより、自然の優しさ、弱さ、強さを体得させることができます。

2.小・中学生教室用スライド机・椅子
学校用家具の木製化は、全国各地で行われるようになってきましたが、戦後しばらくまで使用していたものを原型にしたものです。固定式のために身長に合った高さの机・椅子を数種類、用意しなければなりません。それに対して、開発した木製品は小学生用・中学生用の2種類ですみます。現在、使用されているスチール製の机・椅子の高さ調節は工具を必要としますが、開発したものは工具なし、手で締め付けるだけでよく、低学年児童でも各自の身長に合わせて自由に高さを調節できる機構を持っています。学校に導入する場合は、使う生徒に組立作業をさせます。組立の実習体験を通じて、木の良さ、自然の尊さを学習させることができます。


4)生産拠点

林業の町、静岡県天竜市では林業振興の一環として、市内の小・中学校に木製机・椅子を導入することを検討中でした。相談を受けた私達は、開発した机・椅子を提供することにしまいした。条件として、天竜市内で生産することを提示しました。
天竜は木材関連産業以外、これといった産業のない典型的な山間部都市です。家具企業もなく製材工場と建具業者数人といった状況でした。
私達は、建具組合に、「ふるさとの豊かな木材資源即ち天竜木材を利用し、産業を興すことが地域起こしにつながること、そのためには地元の人が始めなければならない」と提案することからスタートしました。組合は学校用机・椅子を生産するために木工組合を組織し、昭和61年に生産を開始しました。昭和63年10月、天竜ウッドワーク事業協同組合を創立、公共用学習環境家具の開発・生産・販売まで、本格的に取り組み始めました。現在、同組合の安定的な発展を図るため、公共用学習環境家具に加え、家庭用学習環境家具の開発を支援しています。今後、同組合を育成していくことによって、雇用促進の場を増やすことになり、天竜の地域振興、過疎化対策の一環につながると思います。

 


第4章 地域起しへの道


1)振興事業対策の見直し

1次産業を抱える市町村の過疎化対策として、一村一品運動、各種イベントの開催、観光開発、工場誘致等があります。これらの活性化事業は、全国どこも同じパターンのくりかえしにすぎず、同じような特産品が市場に氾濫する状況を生みだしています。ものまね的発想が多く、いずれは陳腐化するでしょう。
林業を抱えている自治体が実施している各種の活性化事業、針葉樹需要拡大、振興事業等の施策の多くも、産業の活性化という基本的な目標をかかげながら、その目的を十分に達し得ていないのが現状です。
振興を期待出来ない振興事業は税金の無駄遣いといわれても仕方がありません。市場経済の仕組が理解できないで、製品開発、市場開拓、流通を含んだ企画を立てることは不可能です。そして、単年度事業で、予算を消化する現在の行政に、産業の活性化を期待することは、難しいようです。
行政が林業振興を企てるならば、輸入針葉樹材のように質・量・価格とも安定的供給ができるような施策を立てることだと思います。それには山に人が入るよう、働きやすいよう環境を整備することです。林業技術者の高齢化対策と後継者育成の問題、伐採から製材、植林等の効率化、近代化の問題等、行政がやらなければならないことは山積しています。山の製材工場でアメリカ産針葉樹材を賃引きするほうが、地元産を加工するより採算が合う、この現実を何とかすることです。国、自治体が実施してきた各種の振興事業は軌道修正する必要に迫られてましょう。


2)地域振興は人起し産業起しから

劣悪な教育環境と偏向教育による欠落青年の増加、進みすぎた文明化によってもたらされた自然環境の破壊、そして地域振興の無為無策ぶり…等々でいっぱいです。
私たち日本人を取りまく環境は、かつて経験したことのない最悪の条件下におかれています。私たちの先達は、どの時代に臨んでも、これを知恵によって解決してきました。国土が狭く、人口が多く、しかも資源が限られています。この島国の窮状への解決策は「おじいさんの代で植えたものを孫の代で使う」この営みによってあたえられた自然素材をいかに活用するか、自然のリサイクルの有用性から学びとることが、これからの時代の最大のテーマとなるでしょう。
私たちはこれらのことを踏まえ、信念と情熱を持ち、生涯学習環境家具づくりを通じて、産業起しに意欲的に取り組んでいます。
現実には困難な問題が多々ありますが、その難関を克服して5年目になります。その中で得た教訓は、産業起しとは人起しであり、仲間を増やし、理解者を持つことが基本だということです。


三代工房 松谷治